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【書評】「大風呂敷経営」進化論 松下幸之助から孫正義へ

2014年04月22日

「『大風呂敷経営』進化論 松下幸之助から孫正義へ」
嶋聡 著
PHP研究所 刊


 先日、私の選挙区で、3期9年間、衆議院議員を務められた後、05年にソフトバンク社長室長に転じた嶋聡さんがあることの報告で議員会館の私の部屋にお越しになり、出たばかりの著書を下さいました。
 たいへん読みやすく、また、内容も面白かったので、感想を記しておきたいと思います。

 松下幸之助と孫正義という著者が接した二人の快男子に共通するのは、家電と情報通信というそれぞれのビジネスを通じて、「世の中を変える!」という大風呂敷を広げたところにあります。
 大風呂敷というキーワードは愉快です。私は、個人的には、この本の題名は、「大風呂敷のススメ」の方がよかったのではないかと思っています。
 「政治にビジョンがない」と言われて久しいですが、本来、政治には「どんな世の中にしたいか」という大きなビジョンがあって、そこからバックキャストしての政策があるべきです。大風呂敷というと胡散臭く聞こえるかもしれませんが、要は、人々を惹きつける大きなビジョンです。
 例えば、田中角栄首相は「日本列島改造」という大風呂敷を広げました。そこには、裏日本も呼ばれた郷里、新潟であろうが、東京であろが、誰もが便利さと豊かさを享受できる国をつくるという大きな理念があり、そのために高速道路網を整備し、その資金を道路特別会計をつくってひねり出しました。「列島改造」という大風呂敷に、高度成長の恩恵にあずかれない地方の人々が期待したのは、当時の時代背景の下では当然だと思います。
 著者の嶋氏は、自分はカリスマ的経営者が広げた大風呂敷を実現に結びつける参謀だと謙遜しますが、著書を読んで、何故、孫氏が嶋氏に信頼を寄せ、重用したかがよく分かりました。それは、まさに、大風呂敷というセンスを共有できるからです。本人は言いにくいでしょうが、実は、政治家としての島聡氏も、政治の世界で、常に大風呂敷を広げてきた人です。
 新進党から初出馬した当時、「日本で選挙による政権交代を実現する」ということ自体が大風呂敷でした。
まだ、マニフェストという言葉がなかった頃に、選挙公約をパネルにして、出陣式で、捺印をするというパフォーマンスを行ったことは、当時、話題になりました。
 また、「葬儀に出ることは政治家の仕事ではない」と宣言し、実践しました。
 ただし、こうした大風呂敷は、「新しい政治」を期待した多くの人々を引きつた一方で、最後は、ドブ板選挙の申し子のような対立候補に破れてしまいました。残念です。
 なかでも秀逸な大風呂敷は「 碧海5市合併構想」、これは実際に、青年会議所を動かし、署名活動となりました。私は、今もって、碧海5市という枠組みがよいかは別にして、西三河に政令市を創ってはどうかと思っています。
 たいへん失礼な言い方をすれば、私は、大風呂敷がドブ板に破れたことを反面教師にしてきたところがあります。しかし、ドブ板で当選し続けることはだきても、社会や地域を変えることはできません。ドブ板も大切、でも、大風呂敷=人を惹きつける大きなビジョンを示すことが政治には必要だと思います。この本にあるように、私も「大風呂敷」の広げ方を考えたい、いや考えねばと思いました。
 最後に、著者は、08年に出版した「政治とケータイ ソフトバンク社長室日記」の中で、「政から民」「民から政」への「回転ドア」は欧米では当たり前で、自分は「出入り自由時代」のトップランナーになりたいと語っています。
 さて、経済界での実績を引っ提げて政治の世界にまた戻るというこの大風呂敷が実現するかどうか、今後の著者の活躍を注目したいと思います。。51FO4sAQ4YL__SL500_AA300_.jpg

カテゴリー: 書評 

【書評】「大風呂敷経営」進化論 松下幸之助から孫正義へ

2014年04月22日

「『大風呂敷経営』進化論 松下幸之助から孫正義へ」
嶋聡 著
PHP研究所 刊


 先日、私の選挙区で、3期9年間、衆議院議員を務められた後、05年にソフトバンク社長室長に転じた嶋聡さんがあることの報告で議員会館の私の部屋にお越しになり、出たばかりの著書を下さいました。
 たいへん読みやすく、また、内容も面白かったので、感想を記しておきたいと思います。

 松下幸之助と孫正義という著者が接した二人の快男子に共通するのは、家電と情報通信というそれぞれのビジネスを通じて、「世の中を変える!」という大風呂敷を広げたところにあります。
 大風呂敷というキーワードは愉快です。私は、個人的には、この本の題名は、「大風呂敷のススメ」の方がよかったのではないかと思っています。
 「政治にビジョンがない」と言われて久しいですが、本来、政治には「どんな世の中にしたいか」という大きなビジョンがあって、そこからバックキャストしての政策があるべきです。大風呂敷というと胡散臭く聞こえるかもしれませんが、要は、人々を惹きつける大きなビジョンです。
 例えば、田中角栄首相は「日本列島改造」という大風呂敷を広げました。そこには、裏日本も呼ばれた郷里、新潟であろうが、東京であろが、誰もが便利さと豊かさを享受できる国をつくるという大きな理念があり、そのために高速道路網を整備し、その資金を道路特別会計をつくってひねり出しました。「列島改造」という大風呂敷に、高度成長の恩恵にあずかれない地方の人々が期待したのは、当時の時代背景の下では当然だと思います。
 著者の嶋氏は、自分はカリスマ的経営者が広げた大風呂敷を実現に結びつける参謀だと謙遜しますが、著書を読んで、何故、孫氏が嶋氏に信頼を寄せ、重用したかがよく分かりました。それは、まさに、大風呂敷というセンスを共有できるからです。本人は言いにくいでしょうが、実は、政治家としての島聡氏も、政治の世界で、常に大風呂敷を広げてきた人です。
 新進党から初出馬した当時、「日本で選挙による政権交代を実現する」ということ自体が大風呂敷でした。
まだ、マニフェストという言葉がなかった頃に、選挙公約をパネルにして、出陣式で、捺印をするというパフォーマンスを行ったことは、当時、話題になりました。
 また、「葬儀に出ることは政治家の仕事ではない」と宣言し、実践しました。
 ただし、こうした大風呂敷は、「新しい政治」を期待した多くの人々を引きつた一方で、最後は、ドブ板選挙の申し子のような対立候補に破れてしまいました。残念です。
 なかでも秀逸な大風呂敷は「 碧海5市合併構想」、これは実際に、青年会議所を動かし、署名活動となりました。私は、今もって、碧海5市という枠組みがよいかは別にして、西三河に政令市を創ってはどうかと思っています。
 たいへん失礼な言い方をすれば、私は、大風呂敷がドブ板に破れたことを反面教師にしてきたところがあります。しかし、ドブ板で当選し続けることはだきても、社会や地域を変えることはできません。ドブ板も大切、でも、大風呂敷=人を惹きつける大きなビジョンを示すことが政治には必要だと思います。この本にあるように、私も「大風呂敷」の広げ方を考えたい、いや考えねばと思いました。
 最後に、著者は、08年に出版した「政治とケータイ ソフトバンク社長室日記」の中で、「政から民」「民から政」への「回転ドア」は欧米では当たり前で、自分は「出入り自由時代」のトップランナーになりたいと語っています。
 さて、経済界での実績を引っ提げて政治の世界にまた戻るというこの大風呂敷が実現するかどうか、今後の著者の活躍を注目したいと思います。。51FO4sAQ4YL__SL500_AA300_.jpg

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2014年04月22日

「『大風呂敷経営』進化論 松下幸之助から孫正義へ」
嶋聡 著
PHP研究所 刊


 先日、私の選挙区で、3期9年間、衆議院議員を務められた後、05年にソフトバンク社長室長に転じた嶋聡さんがあることの報告で議員会館の私の部屋にお越しになり、出たばかりの著書を下さいました。
 たいへん読みやすく、また、内容も面白かったので、感想を記しておきたいと思います。

 松下幸之助と孫正義という著者が接した二人の快男子に共通するのは、家電と情報通信というそれぞれのビジネスを通じて、「世の中を変える!」という大風呂敷を広げたところにあります。
 大風呂敷というキーワードは愉快です。私は、個人的には、この本の題名は、「大風呂敷のススメ」の方がよかったのではないかと思っています。
 「政治にビジョンがない」と言われて久しいですが、本来、政治には「どんな世の中にしたいか」という大きなビジョンがあって、そこからバックキャストしての政策があるべきです。大風呂敷というと胡散臭く聞こえるかもしれませんが、要は、人々を惹きつける大きなビジョンです。
 例えば、田中角栄首相は「日本列島改造」という大風呂敷を広げました。そこには、裏日本も呼ばれた郷里、新潟であろうが、東京であろが、誰もが便利さと豊かさを享受できる国をつくるという大きな理念があり、そのために高速道路網を整備し、その資金を道路特別会計をつくってひねり出しました。「列島改造」という大風呂敷に、高度成長の恩恵にあずかれない地方の人々が期待したのは、当時の時代背景の下では当然だと思います。
 著者の嶋氏は、自分はカリスマ的経営者が広げた大風呂敷を実現に結びつける参謀だと謙遜しますが、著書を読んで、何故、孫氏が嶋氏に信頼を寄せ、重用したかがよく分かりました。それは、まさに、大風呂敷というセンスを共有できるからです。本人は言いにくいでしょうが、実は、政治家としての島聡氏も、政治の世界で、常に大風呂敷を広げてきた人です。
 新進党から初出馬した当時、「日本で選挙による政権交代を実現する」ということ自体が大風呂敷でした。
まだ、マニフェストという言葉がなかった頃に、選挙公約をパネルにして、出陣式で、捺印をするというパフォーマンスを行ったことは、当時、話題になりました。
 また、「葬儀に出ることは政治家の仕事ではない」と宣言し、実践しました。
 ただし、こうした大風呂敷は、「新しい政治」を期待した多くの人々を引きつた一方で、最後は、ドブ板選挙の申し子のような対立候補に破れてしまいました。残念です。
 なかでも秀逸な大風呂敷は「 碧海5市合併構想」、これは実際に、青年会議所を動かし、署名活動となりました。私は、今もって、碧海5市という枠組みがよいかは別にして、西三河に政令市を創ってはどうかと思っています。
 たいへん失礼な言い方をすれば、私は、大風呂敷がドブ板に破れたことを反面教師にしてきたところがあります。しかし、ドブ板で当選し続けることはだきても、社会や地域を変えることはできません。ドブ板も大切、でも、大風呂敷=人を惹きつける大きなビジョンを示すことが政治には必要だと思います。この本にあるように、私も「大風呂敷」の広げ方を考えたい、いや考えねばと思いました。
 最後に、著者は、08年に出版した「政治とケータイ ソフトバンク社長室日記」の中で、「政から民」「民から政」への「回転ドア」は欧米では当たり前で、自分は「出入り自由時代」のトップランナーになりたいと語っています。
 さて、経済界での実績を引っ提げて政治の世界にまた戻るというこの大風呂敷が実現するかどうか、今後の著者の活躍を注目したいと思います。。51FO4sAQ4YL__SL500_AA300_.jpg

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【書評】「強いリベラル」加藤紘一

2013年04月02日

「強いリベラル」加藤紘一著 2007.6.30文芸春秋

 順風満帆に見える安倍政権、一方では、野党第二党の日本維新の会は、憲法96条改正に向けた安倍政権への協力を明確にし、国会での質問等を聴いていても与党の補完勢力としか映らない。
 「何か違う…。参議院選の後、日本の政治はどこへ向かっていくのか?」そんな想いが胸をよぎる。そんな中、先日、毎日新聞に載った野中広務元官房長官のインタビューには溜飲を下げた。
 そして、たまたま手にした「強いリベラル」を読んで、強い共感をおぼえた。

 加藤紘一氏は、言わずと知れた自民党の大物政治家、官房長官や宏池会会長を務めたが、昨年の総選挙で落選をした。この本は、2002年に秘書の起こした事件の責任をとり加藤氏が議員辞職し浪人生活を送った時の経験を下敷きにして書かれている。
 加藤氏は、原点に返り、地域での座談会を繰り返す中で、地域社会を支えているのは、自分の主張は抑えて、率先して嫌な仕事をして、見えない部分で少し身銭をきって働く「まとめ役」であることに気づく。

 実は、私もまったく同じように感じている。町内会長や地区長、「あの人が言うなら」と尊敬を集めている「まとめ役」は、「保守系」で、自民党支持者が多いのが事実である。自民党が長い間政権を維持してきたのは、こうした「良識ある保守層」に支えられてきたからだと思う。反対に、政権交代を果たした民主党が二大政党による政権交代可能な政治を定着させるためには、この「良識ある保守層」を振り向かせる必要があるのだと思う。

 加藤氏は「『保守』というのは、本来、地域の共同体を基盤とする『おおやけ』に配慮する政治だったのに、今の自民党はそのことを忘れてしまったのではないか。」と述べている。
そして、地域の共同体を崩す市場原理主義により、「小泉政権で自民党は保守政党でなくなった」と主張している。著書の中では、雇用や教育における格差の問題を取りあげて、さらに具体的にそのことを述べている。

 そこで、加藤氏は「強いリベラル」という概念を持ち出す。加藤氏は「私は、この『リベラル』という言葉を「他人を気遣う心」と定義したいと思います。市場原理主義は、各人が欲望を最大限に追求することを善と考え、そのことの総和で社会は結果的にうまくいくと考えています。私はそうは考えていない~自分だけではなく、他人とともに幸福になっていこうという意志をまず第一義におく、それが『リベラル』なのだと考えたいと思います。」、「そしてそうした『他人を気遣う心』、思いやりで形成されるのが『地域の共同体』」であると述べている。

 私は、加藤氏が述べるこのリベラル保守こそが民主党の目指すべき道だと考える。私たちが目指したことは「保守」二大政党による政権交代可能な政治である。
 そして、一方では、自民党安倍政権では、リベラル保守は影が薄い。中選挙区時代には、自民党の中でリベラル派と保守派の均衡と派閥単位の疑似政権交代がはかられていた。野党第二党の日本維新の会の綱領を見ても、右傾化の傾向が強い。
 
 おおやけに配慮し、地域に根差す保守であり、かつ他者への思いやりのある政治を私自身も目指していきたい。

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【書評】「強いリベラル」加藤紘一

2013年04月02日

「強いリベラル」加藤紘一著 2007.6.30文芸春秋

 順風満帆に見える安倍政権、一方では、野党第二党の日本維新の会は、憲法96条改正に向けた安倍政権への協力を明確にし、国会での質問等を聴いていても与党の補完勢力としか映らない。
 「何か違う…。参議院選の後、日本の政治はどこへ向かっていくのか?」そんな想いが胸をよぎる。そんな中、先日、毎日新聞に載った野中広務元官房長官のインタビューには溜飲を下げた。
 そして、たまたま手にした「強いリベラル」を読んで、強い共感をおぼえた。

 加藤紘一氏は、言わずと知れた自民党の大物政治家、官房長官や宏池会会長を務めたが、昨年の総選挙で落選をした。この本は、2002年に秘書の起こした事件の責任をとり加藤氏が議員辞職し浪人生活を送った時の経験を下敷きにして書かれている。
 加藤氏は、原点に返り、地域での座談会を繰り返す中で、地域社会を支えているのは、自分の主張は抑えて、率先して嫌な仕事をして、見えない部分で少し身銭をきって働く「まとめ役」であることに気づく。

 実は、私もまったく同じように感じている。町内会長や地区長、「あの人が言うなら」と尊敬を集めている「まとめ役」は、「保守系」で、自民党支持者が多いのが事実である。自民党が長い間政権を維持してきたのは、こうした「良識ある保守層」に支えられてきたからだと思う。反対に、政権交代を果たした民主党が二大政党による政権交代可能な政治を定着させるためには、この「良識ある保守層」を振り向かせる必要があるのだと思う。

 加藤氏は「『保守』というのは、本来、地域の共同体を基盤とする『おおやけ』に配慮する政治だったのに、今の自民党はそのことを忘れてしまったのではないか。」と述べている。
そして、地域の共同体を崩す市場原理主義により、「小泉政権で自民党は保守政党でなくなった」と主張している。著書の中では、雇用や教育における格差の問題を取りあげて、さらに具体的にそのことを述べている。

 そこで、加藤氏は「強いリベラル」という概念を持ち出す。加藤氏は「私は、この『リベラル』という言葉を「他人を気遣う心」と定義したいと思います。市場原理主義は、各人が欲望を最大限に追求することを善と考え、そのことの総和で社会は結果的にうまくいくと考えています。私はそうは考えていない~自分だけではなく、他人とともに幸福になっていこうという意志をまず第一義におく、それが『リベラル』なのだと考えたいと思います。」、「そしてそうした『他人を気遣う心』、思いやりで形成されるのが『地域の共同体』」であると述べている。

 私は、加藤氏が述べるこのリベラル保守こそが民主党の目指すべき道だと考える。私たちが目指したことは「保守」二大政党による政権交代可能な政治である。
 そして、一方では、自民党安倍政権では、リベラル保守は影が薄い。中選挙区時代には、自民党の中でリベラル派と保守派の均衡と派閥単位の疑似政権交代がはかられていた。野党第二党の日本維新の会の綱領を見ても、右傾化の傾向が強い。
 
 おおやけに配慮し、地域に根差す保守であり、かつ他者への思いやりのある政治を私自身も目指していきたい。

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【書評】「強いリベラル」加藤紘一

2013年04月02日

「強いリベラル」加藤紘一著 2007.6.30文芸春秋

 順風満帆に見える安倍政権、一方では、野党第二党の日本維新の会は、憲法96条改正に向けた安倍政権への協力を明確にし、国会での質問等を聴いていても与党の補完勢力としか映らない。
 「何か違う…。参議院選の後、日本の政治はどこへ向かっていくのか?」そんな想いが胸をよぎる。そんな中、先日、毎日新聞に載った野中広務元官房長官のインタビューには溜飲を下げた。
 そして、たまたま手にした「強いリベラル」を読んで、強い共感をおぼえた。

 加藤紘一氏は、言わずと知れた自民党の大物政治家、官房長官や宏池会会長を務めたが、昨年の総選挙で落選をした。この本は、2002年に秘書の起こした事件の責任をとり加藤氏が議員辞職し浪人生活を送った時の経験を下敷きにして書かれている。
 加藤氏は、原点に返り、地域での座談会を繰り返す中で、地域社会を支えているのは、自分の主張は抑えて、率先して嫌な仕事をして、見えない部分で少し身銭をきって働く「まとめ役」であることに気づく。

 実は、私もまったく同じように感じている。町内会長や地区長、「あの人が言うなら」と尊敬を集めている「まとめ役」は、「保守系」で、自民党支持者が多いのが事実である。自民党が長い間政権を維持してきたのは、こうした「良識ある保守層」に支えられてきたからだと思う。反対に、政権交代を果たした民主党が二大政党による政権交代可能な政治を定着させるためには、この「良識ある保守層」を振り向かせる必要があるのだと思う。

 加藤氏は「『保守』というのは、本来、地域の共同体を基盤とする『おおやけ』に配慮する政治だったのに、今の自民党はそのことを忘れてしまったのではないか。」と述べている。
そして、地域の共同体を崩す市場原理主義により、「小泉政権で自民党は保守政党でなくなった」と主張している。著書の中では、雇用や教育における格差の問題を取りあげて、さらに具体的にそのことを述べている。

 そこで、加藤氏は「強いリベラル」という概念を持ち出す。加藤氏は「私は、この『リベラル』という言葉を「他人を気遣う心」と定義したいと思います。市場原理主義は、各人が欲望を最大限に追求することを善と考え、そのことの総和で社会は結果的にうまくいくと考えています。私はそうは考えていない~自分だけではなく、他人とともに幸福になっていこうという意志をまず第一義におく、それが『リベラル』なのだと考えたいと思います。」、「そしてそうした『他人を気遣う心』、思いやりで形成されるのが『地域の共同体』」であると述べている。

 私は、加藤氏が述べるこのリベラル保守こそが民主党の目指すべき道だと考える。私たちが目指したことは「保守」二大政党による政権交代可能な政治である。
 そして、一方では、自民党安倍政権では、リベラル保守は影が薄い。中選挙区時代には、自民党の中でリベラル派と保守派の均衡と派閥単位の疑似政権交代がはかられていた。野党第二党の日本維新の会の綱領を見ても、右傾化の傾向が強い。
 
 おおやけに配慮し、地域に根差す保守であり、かつ他者への思いやりのある政治を私自身も目指していきたい。

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【書評】リーダーを目指す人の心得

2012年11月08日

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コリン・パウエル著
「リーダーを目指す人の心得」
飛鳥新社

昨日は、アメリカ大統領選挙でオバマ大統領が再選を果たし、4 More Years を手にしました。一方の我が国では、一年ごとに首相が交代することが常態化しています。そんな中、私は、リーダーシップというものに大きな関心を持っています。
たとえば、本棚には、
山内昌之「リーダーシップ 胆力と大局観」新潮新書
半藤一利「日本型リーダーはなぜ失敗するのか」文春新書
といった本が並んでいますが、最近、読んだのがパウエル元国務長官の書いたこの一冊です。
本来は、どんな組織でも同じだが、リーダーが兵士の命を預かっている点において、リーダーの責任が問われる象徴的な組織が軍隊であり、軍人として、陸軍大将、統合参謀本部議長にまで上りつめ、国務長官まで務めたパウエル氏の言葉には学者や評論家とは違う現場感覚と説得力があります。
以下、いくつか印象に残った言葉を抜粋します。

「忠勤とはしっかり反論することであり、また、きちんと実行することである。」

「最終責任を自分が追わなければならないのだから、周囲の圧力や望みに流されるのではなく、自分の判断で選択しろ。」

「優れたリーダーはビジョンやミッション、目標を設定する。~こまごました仕事の向こう側に自分たちの目的があることを理解させるのだ。」

「報酬は受け取るのではなく、勝ち取れ。常にベストを尽くせ。誰も見ていなくても、自分は必ず見ている。自分をがっかりさせるな。」

「指揮官は戦場のどこにいるべきか? 影響力が大きくなるところで、判断がおこなわれるところの近く。」

「服従から仕事に対する誇りやいい仕事をしようという気概が生まれるとは考えにくい。~チームメンバーがリーダーを信頼し、また、自分たちがリーダーに信頼されていると感じていなければならない。~部下の尊敬は、獲得する以外に方法がない。」

「責任はとり、称賛は分け合う」

「リーダーとは? 責任を持って受け持つ勇気のある人物。人々が反応し、この人ならばついていこうと思える人物。」

「・わかっていることを言え。・わかっていないことを言え。・その上でどう考えるかを言え。・この3つを常に区別しろ。」

「ワインと違い、悪いニュースが時間とともによくなることはない。~早い段階で知らせろ。」

「質問や取材をする人の向こうに本当の聞き手がいること、その聞き手に対して語っていることを忘れてはならない。」

「放り出される前に自ら電車を降りる。」

「抑えた示威ほど強く訴えるものはない。」(トゥキュディデス)

「物事をなせるのは、人だけだ。組織や計画、制度は、人を助けるかじゃまするか、である。~どれほど優れた考えでも、それが優れているというだけで成功することはない。~理不尽な考えも、それが本質的に理不尽であるというだけで消えはしない。」

「どこで人生を始めたのかではなく、どこで終わるのかが重要だ。」


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【書評】やなせたかし 明日をひらく言葉

2012年09月06日

やなせたかし 明日をひらく言葉


「やなせたかし 明日をひらく言葉」
 PHP研究所編/PHP文庫


なんのために生まれて
なにをして生きるのか


この哲学的問いかけは、なんとアンパンマンのマーチの一節です。
幼児向けのアニメの主題歌アンパンマンのマーチの詩は、あらためて読み直すと、本当にいい詩です。
東日本大震災の時に、ラジオ番組に、アンパンマンのマーチのリクエストが殺到し、多くの被災者が勇気づけられました。

新幹線の駅のキオスクで偶然、手にしたこの本を読んで、これを作詞したアンパンマンの作者で漫画家のやなせたかしさんが詩人でもあることをはじめて知りました。皆さんは、子どもの頃に誰もが歌ったことのある「てのひらを太陽に」の作詞もやなせさんだと知っていましたか。

未熟児で生まれたやなせさんは、幼少期は劣等感に悩み、実はアンパンマンがブレイクしたのは、70歳の頃だそうです。「なんのために生まれて なにをして生きるのか こたえられないなんて そんなのはいやだ!」という詩には、やなせさんの懊悩が表現されています。
その一つの答えがこんな言葉として表れています。

人間が一番うれしいことはなんだろう?
長い間、ぼくは考えてきた。
そして、結局、人が一番うれしいのは、
人をよろこばせることだということがわかりました。
実に単純なことです。
ひとはひとをよろこばせることが一番うれしい。

私は、これはいい言葉だと思います。たとえば、一所懸命、料理を作って、「おいしい」と食べて、よろこんでくれる人の笑顔を見るのがうれしい。自分の仕事を通して、人をよろこばし、幸せにする、これは、人生の究極の目標かもしれません。

アンパンマンは、正義のヒーローです。やなせさんは「アンパンマンは世界最弱のヒーローだ」と言います。やなせさんの正義についての考え方がまたこれがいい。

悪人を倒すことよりも、
弱い人を助ける。
ぼくが望む正義は、それほど難しことではないのです。

アンパンマンは、自分の顔をちぎって人に食べさせる。
本人も傷つくんだけれど、それによって人を助ける。
そういう捨て身、献身の心なくしては
正義は行えない。

人をよろこばせることが人生の目的、身を捨ててもで弱い人を助ける、いずれも政治家として肝に銘じたい。

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【書評】修身の教科書

2012年08月11日

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「修身の教科書」
小池 松次 著
サンマーク出版


 修身めるというと、何か軍国教育のイメージを持ってしまうところがありますが、ここに収められた文章は、どれも読みやすく、子どもでも興味深く読める内容のものばかりです。
 私は、小学校の低学年の頃には、よく図書室で、偉人の伝記を借りてきて読んだものですが、そういう偉人にまつわる話から、日本人として忘れてはならない徳目、努力・勤勉、勤労・勤勉、創意・挑戦、奉仕・孝行、質素・養生といった徳目が自然に涵養される内容となっています。
 最近は、学校でのいじめが、また、社会問題化していますが、これを読むと、修身のような教育を初等教育の段階でやることが必要だと感じます。

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