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憲法96条の改正について

2013年05月14日

 参議院選挙を前にして、憲法96条の改正が争点となるようなことが言われています。「憲法96条って何?それが私たちの生活と何の関係があるの?」と言う方も多いのではないかと思います。
 96条改正とは、衆参両院のそれぞれ3分の2以上となっている改正の発議の要件を過半数に緩和しようというものです。
 私は、憲法については、いくつか改正すべき点があると思っています。その点では、憲法を金科玉条のごとく奉り一言たりとも変えることはまかりならんと言う護憲ではありません。しかし、どこを変えるかという議論の前に、とりあえず改正要件を変えるということには違和感をおぼえます。護身用に使うのか、殺人に使うのか分からないけど、まずピストルをよこせと言われても危なっかしくて渡せません。
 96条改正賛成派は「国民が憲法に関心がないのは、66年間一度も改正の発議がないからだ。ハードルを下げて改正発議をできるようにすれば、国民投票が行われることになり、国民が真剣に憲法について考える機会になる。」と主張します。
 個人的には、この考え方はまったく理解できないわけではありません。しかし、そうであるなら、9条のような意見が対立するものではなく、新しい人権や両院の関係など時代の変化によって変えた方がよい条文について、与野党を超えた3分の2の賛同を得られる改正内容について一度改正発議をしてみて、国民投票をやってみたらいいのではないかと思います。
 発議の要件を3分の2ではなく過半数に緩和するというのは、やはり邪道だと思います。私も法学部で司法試験を目指して勉強したことがありますが、必ず、まず、憲法の歴史的な成り立ちを勉強します。そこでは、憲法は、国民が権力を縛るための道具だと教えられます。過半数、つまり時の与党だけで好き勝手に変えられるということになれば、憲法は他の法律と同じになってしまいます。簡単に変えることができないことに意味があるのです。
 「リンカーン」という映画が公開中です。リンカーンは、奴隷制を廃止するために憲法改正をしようとします。合衆国憲法の改正には、両院議員の3分の2以上の賛成による発議と4分の3以上の州の承認が必要です。リンカーンはなぜ改正要件を緩和しようとしなかったのか。それは、改憲要件を過半数にすれば、奴隷制廃止のための修正13条は将来、また過半数で変更されてしまうかもしれないからです。奴隷制廃止を支持する共和党だけではなく、民主党議員からも支持をとりつけなければ奴隷制廃止のための憲法改正はできないので、リンカーンは権謀術数も駆使します。つまり、多数派だけではなく、反対派も含めて大多数の賛同を得なければ憲法を改正できない点にこそ重要な意味があるのです。
 もう一点つけ加えるなら、選挙の度に風で結果が大きくスウィングする状況の中で、かつ低い投票率で選ばれた議員の過半数だけで憲法改正をできるようにすることは、最高法規としての憲法の安定性を損なうおそれがあります。
 皮肉なことですが、こうして96条がクローズアップされることで、多くの国民が憲法について考えること自体は望ましいことだと思っていますが、冷静かつもう少し時間をかけて議論することが必要であり、流れに流されることは危険だと思います。

カテゴリー: 政治 

憲法96条の改正について

2013年05月14日

 参議院選挙を前にして、憲法96条の改正が争点となるようなことが言われています。「憲法96条って何?それが私たちの生活と何の関係があるの?」と言う方も多いのではないかと思います。
 96条改正とは、衆参両院のそれぞれ3分の2以上となっている改正の発議の要件を過半数に緩和しようというものです。
 私は、憲法については、いくつか改正すべき点があると思っています。その点では、憲法を金科玉条のごとく奉り一言たりとも変えることはまかりならんと言う護憲ではありません。しかし、どこを変えるかという議論の前に、とりあえず改正要件を変えるということには違和感をおぼえます。護身用に使うのか、殺人に使うのか分からないけど、まずピストルをよこせと言われても危なっかしくて渡せません。
 96条改正賛成派は「国民が憲法に関心がないのは、66年間一度も改正の発議がないからだ。ハードルを下げて改正発議をできるようにすれば、国民投票が行われることになり、国民が真剣に憲法について考える機会になる。」と主張します。
 個人的には、この考え方はまったく理解できないわけではありません。しかし、そうであるなら、9条のような意見が対立するものではなく、新しい人権や両院の関係など時代の変化によって変えた方がよい条文について、与野党を超えた3分の2の賛同を得られる改正内容について一度改正発議をしてみて、国民投票をやってみたらいいのではないかと思います。
 発議の要件を3分の2ではなく過半数に緩和するというのは、やはり邪道だと思います。私も法学部で司法試験を目指して勉強したことがありますが、必ず、まず、憲法の歴史的な成り立ちを勉強します。そこでは、憲法は、国民が権力を縛るための道具だと教えられます。過半数、つまり時の与党だけで好き勝手に変えられるということになれば、憲法は他の法律と同じになってしまいます。簡単に変えることができないことに意味があるのです。
 「リンカーン」という映画が公開中です。リンカーンは、奴隷制を廃止するために憲法改正をしようとします。合衆国憲法の改正には、両院議員の3分の2以上の賛成による発議と4分の3以上の州の承認が必要です。リンカーンはなぜ改正要件を緩和しようとしなかったのか。それは、改憲要件を過半数にすれば、奴隷制廃止のための修正13条は将来、また過半数で変更されてしまうかもしれないからです。奴隷制廃止を支持する共和党だけではなく、民主党議員からも支持をとりつけなければ奴隷制廃止のための憲法改正はできないので、リンカーンは権謀術数も駆使します。つまり、多数派だけではなく、反対派も含めて大多数の賛同を得なければ憲法を改正できない点にこそ重要な意味があるのです。
 もう一点つけ加えるなら、選挙の度に風で結果が大きくスウィングする状況の中で、かつ低い投票率で選ばれた議員の過半数だけで憲法改正をできるようにすることは、最高法規としての憲法の安定性を損なうおそれがあります。
 皮肉なことですが、こうして96条がクローズアップされることで、多くの国民が憲法について考えること自体は望ましいことだと思っていますが、冷静かつもう少し時間をかけて議論することが必要であり、流れに流されることは危険だと思います。

カテゴリー: 政治 

憲法96条の改正について

2013年05月14日

 参議院選挙を前にして、憲法96条の改正が争点となるようなことが言われています。「憲法96条って何?それが私たちの生活と何の関係があるの?」と言う方も多いのではないかと思います。
 96条改正とは、衆参両院のそれぞれ3分の2以上となっている改正の発議の要件を過半数に緩和しようというものです。
 私は、憲法については、いくつか改正すべき点があると思っています。その点では、憲法を金科玉条のごとく奉り一言たりとも変えることはまかりならんと言う護憲ではありません。しかし、どこを変えるかという議論の前に、とりあえず改正要件を変えるということには違和感をおぼえます。護身用に使うのか、殺人に使うのか分からないけど、まずピストルをよこせと言われても危なっかしくて渡せません。
 96条改正賛成派は「国民が憲法に関心がないのは、66年間一度も改正の発議がないからだ。ハードルを下げて改正発議をできるようにすれば、国民投票が行われることになり、国民が真剣に憲法について考える機会になる。」と主張します。
 個人的には、この考え方はまったく理解できないわけではありません。しかし、そうであるなら、9条のような意見が対立するものではなく、新しい人権や両院の関係など時代の変化によって変えた方がよい条文について、与野党を超えた3分の2の賛同を得られる改正内容について一度改正発議をしてみて、国民投票をやってみたらいいのではないかと思います。
 発議の要件を3分の2ではなく過半数に緩和するというのは、やはり邪道だと思います。私も法学部で司法試験を目指して勉強したことがありますが、必ず、まず、憲法の歴史的な成り立ちを勉強します。そこでは、憲法は、国民が権力を縛るための道具だと教えられます。過半数、つまり時の与党だけで好き勝手に変えられるということになれば、憲法は他の法律と同じになってしまいます。簡単に変えることができないことに意味があるのです。
 「リンカーン」という映画が公開中です。リンカーンは、奴隷制を廃止するために憲法改正をしようとします。合衆国憲法の改正には、両院議員の3分の2以上の賛成による発議と4分の3以上の州の承認が必要です。リンカーンはなぜ改正要件を緩和しようとしなかったのか。それは、改憲要件を過半数にすれば、奴隷制廃止のための修正13条は将来、また過半数で変更されてしまうかもしれないからです。奴隷制廃止を支持する共和党だけではなく、民主党議員からも支持をとりつけなければ奴隷制廃止のための憲法改正はできないので、リンカーンは権謀術数も駆使します。つまり、多数派だけではなく、反対派も含めて大多数の賛同を得なければ憲法を改正できない点にこそ重要な意味があるのです。
 もう一点つけ加えるなら、選挙の度に風で結果が大きくスウィングする状況の中で、かつ低い投票率で選ばれた議員の過半数だけで憲法改正をできるようにすることは、最高法規としての憲法の安定性を損なうおそれがあります。
 皮肉なことですが、こうして96条がクローズアップされることで、多くの国民が憲法について考えること自体は望ましいことだと思っていますが、冷静かつもう少し時間をかけて議論することが必要であり、流れに流されることは危険だと思います。

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